前書き
いつものごとく、前書きである。早くライド本編を読みたいという方は、この部分は飛ばしてもらっても構わない。
2019年10月20日日曜日
もしあなたがサイクリストならば、この日は以下のイベントに参加していなかっただろうか。
鳥取のイベントはよく知らないが、和歌山のほうは昨年の評判もよく、参加者の満足度も上々だと聞いている。私の周りのサイクリスト達も、この日はどちらかのイベントに参加していた人が多かった。
かくいう私は、この日は何も予定がなかった。1人でどこかを走りながら、時折SNS上で皆の楽しんでいる様子を眺めようかと思っていた次第である。
別に、人のライドの様子を羨むことはない。しかし、「KeiOS氏この日どちらも行かなかったのマジ敗北感ぱないでござるwww」などと思われるのも心外である。
なので、何か特別なライドの予定でも立てて、こうしたイベントを「高みの見物」してみようと思った次第である。
羨ましがられるような予定は作れない。何より、1人でどこかへ行こうとする場合、景色や食事といった面白みを優先した予定をうまく立てられない。単純に自分が行きたいと思ったところへ行く、それだけである。
どこへ行こうかと思いGoogleマップを眺めていると、ひとつの地点が目に留まった。
串本である。紀伊半島の南端に位置する、本州最南端の地だ。
なぜか私の周りのサイクリストはここへ行った人が多い。そのうち私も行かなくてはと思いつつ、なかなか予定が立てられなかった場所である。
本州最南端の地と書かれた石碑の前で写真を撮り、その後は串本の海鮮を堪能して帰る。これなら十分「高みの見物」になるだろう。すさみライドをしている人達へ「串本なう」とか送ってみたい。検索してみたが過去に私が「なう」と呟いたのは一度きりだった。
問題は、難易度の高さである。
ルートにもよるが、大阪から串本までの距離は約250km。しかも、串本から大阪への最終電車は有料特急を使用した場合で18時35分だ。
もちろん、この時間はいわゆるデッドラインである。日没までに石碑の前で記念撮影を行うためにも、遅くとも16時には串本へ到着しておきたい。
串本へのアクセスは、紀伊半島の西側を海岸沿いに走るR42を使うのが最も容易だろう。しかし、海沿いの景色は確かに面白いかもしれないが、アップダウンも少なく、途中で飽きそうな気がしていた。
後は紀伊半島を縦断するルートがある。大阪から出発する場合、奈良の五條を経由してR168を進み、新宮から南下するのがもっとも短くて済む。
このルートに関しては、周りに先駆者がいた。最近よくライドでご一緒させていただいている、ふぃぼなっち氏(@nacci_contact)だ。
彼のブログに、紀伊半島縦断の様子を記した記事がある。
しかし、当然ながらR42を進むよりも難易度は上がる。登りは少ないと聞くが、それでもアップダウンは多くあるだろう。何よりも、私の脚力はなっち氏のそれに及ばない。今の自分に、到着時間に間に合わせられるだけの力があるだろうか……。
いや、間に合いそうにないのなら、開始時間を早めれば良いのだ。R168に入る時点で夜が明けていれば、安全を確保したうえで走れるかもしれない。
そう思い、ルートを引き、キューシートを作成していく。出来上がったのはこんな感じである。
グロスではなく、単純な移動時間を約21km/hで計算している。登りがきついのは五條~十津川間のみ。その後は下り基調だと聞く。なんとかなるのではないか。
にわかに、計画が現実味を帯びてきた。最悪、間に合わない場合は新宮からエスケープもできる。とりあえずやってみよう。
こうして、当日は早めに就寝して、午前3時過ぎに出発する予定だった。
しかし、計画はもろくも崩れ去った。理由は単純で、一睡もできなかったのである。
流石に寝不足の状態で串本まで走るのは無理がある。実は、昨年には寝不足その他諸々の理由から落車事故を起こし、病院のお世話になっていた。それ以来、寝不足では極力走らないように心がけている。
おそらく、寝なければという気負いが邪魔をしたのだろう。やむなく、この日はどこへ行くこともなく、自宅から皆の楽しんでいる様子をSNS上で観察することとなった。じたくなう。誰も、反応しない。
ルートのことで少し相談していたなっち氏にDNSしたことを報告する。すると、リベンジの際は是非との返事があった。
リベンジか……。もともと20日のイベントを高みの見物するという目的から始めた計画だ。リベンジするなら、せめて20日のイベントの不参加を連れて行きたい。
なっち氏はこの日イベントに参加していなかった。一度五條~串本間をソロで走っているだけに、同行者としてこれ以上の水先案内人はいないだろう。
KeiOS「いいですとも!」
パワーをメテオに、もとい脳内に集中する。
善は急げとメッセで相談。リベンジの日を連休の中日である11月3日に設定し、仕切り直すこととなった。
眠れない午前2時
2019年11月3日日曜日
また、寝られなかった。本当に、ただの一睡もできなかった。
私の身体はどうなってしまったのだろうか。どうにも落車事故を起こしてから、気負いすぎると寝られないようだ。
一応、身体を横にしてずっと目を閉じていたので、休めてはいるのだろう。しかし、実際に走れるかどうかは非常にあやしい。
午前2時に諦めて布団から飛び出し、どうしようか悩む。DNSするなら、なっち氏が出発する前に連絡しなければ迷惑がかかる。
とりあえず、眠くはない。どこまで行けるかはわからないが、とりあえず走ることはできそうだ。
もし、五條の時点で無理そうであればその場でDNF、決行する場合はなんとか新宮までたどり着くことだけを考えて、到着した時点での体調をみて考えよう。
数分ほど悩んだ末にそう結論づけて、出発することとした。
着替えて準備を済ませ、3時ごろに出発。4時半にセブンイレブン柏原国分本町店に待ち合わせの予定だった。
夜が明けぬなか、真っ暗な大和川沿いを走るのは流石に気が引ける。柏原市まではR25~R165を使って市街地をまっすぐ抜けていく。
途中、夜の町でも撮影しておこうかと思い、カメラのシャッターを切る。そして、カメラには無情にも「NO CARD」の文字が。
これから楽しい(かどうか分からない)ライドへ赴こうというのに、メモリーカードを忘れるとかあるある。出発するかどうか悩むことにリソースを使いすぎて、準備がおろそかになったらしい。
並列処理ができない、何とも貧相な脳内CPUとメモリである。少し迷ったが、やむなくコンビニで買うこととする。
予定時刻よりも早くに集合場所のコンビニへ到着し、一番容量の小さい8GBのメモリーカードの札を持ってレジで渡す。しかし、奥で店員さんがごそごそと探していること数分、ちょうど8GBのメモリーカードは切らしてしまっているとのこと。
これはもう、今日の撮影は諦めろということらしい。謝る店員さんへ気にしないでと告げて、補給食をつまみながらなっち氏を待つ。
すると、
あなたが神か。ちょうどコンビニで切らしていたことといい、何か偶然が偶然を呼び込んでいるのを感じる。
しばらくして、なっち氏が到着。
どの規格にも対応できるよう、複数の種類のメモリーカードを持ってきてくれた。有り難い……。
本日は一睡もできなかったこと、申し訳ないがとりあえず五條と新宮をポイントとして、いけるところまで行きたいということを説明。それで行きましょうと快諾いただく。ありがとう。
かくして、寝不足という予期せぬリスクを抱えたまま、串本行きのエクストリームライドが幕を開けた。
駅名は五条、地名は五條
なっち氏の先導で出発する。一応、もともと1人で行くつもりをしていたこともあって、ルートは頭に入っている(単純なルートだ)。しかし、水先案内人に引いてもらえるなら心強い。
R165を南下し、大阪教育大学の前を通過して奈良県へ出る。峠とも呼べないようなごく小さな起伏をこなすだけだ。大阪~奈良間のアクセスルートとして過去に何度か使っているが、この時間は車も少なく、走りやすい。
しかし、なっち氏の走力に早くも着いていくのが必死である。寝不足のせいだと思いたいが……これは油断しているとすぐに離されてしまう。気合いを入れてペダルを回す。
穴虫の交差点からR30に入り、ひたすら南下していく。過去に何度か走った記憶では快走路だったが、とにかく真っ暗である。ポスト・アポカリプスの世界ならこのだだっ広い道路にゾンビの一体や二体は歩いているのかもなとか思いながら、ペダルを回す。
なっち氏に付いたり離されたりしながら、R261へ。
途中、うっすらと夜が明けてきた。
やはり日が出てくると少し気が楽になる。
明け行く空に、昨年のような怪我はしないと誓う。
ほぼ予定通りに五條のコンビニへ到着。
明け方だというのに、寒い。なのに、なっち氏に「イートイン使います?」って聞かれて「いや、いいです」とか答えてしまう。うん、私の行動、意味がわからんね……。
かくいう私は出発時からずっとウインドブレーカーを着込んでいる。一方、なっち氏はずっと半袖のままだ。対照的な服装だが、ふたりともゴールまで服装を変えることはなかった。
補給を済ませて、体調を確認する。奇妙なくらいに元気である。
次のポイントである新宮まで、約120km。そのうち、登りがひたすら続くのは最初の20km程度だ。
とりあえず行けそうだということを確認し、休憩もそこそこに出発した。
五新線跡を探して
吉野川を渡り、R168に入る。
R168は大阪府枚方市を起点に、和歌山県新宮市まで続く国道だ。新宮まではこのR168を進むだけで良いことになる。
登り基調だが、さしてきつい斜度でもない。なっち氏も私のペースに合わせて先導してくれている。これなら十分にいけそうな気がした。
ところで、R168を走るにあたり、ひとつ見ておきたいものがあった。国鉄五新線跡だ。
五新線とは、かつてJR五条駅と新宮駅を結ぶ予定であった鉄道路線のことである。計画路線上は吉野杉の産地であり、元々その輸送方法として考案されたそうだ。交通インフラに乏しいこの地のニーズと合致したことは容易に推察できる。
ルート決定に至るまでの紆余曲折、あるいは太平洋戦争による物資の不足などにより工事は難航したが、1950年代後半には工事が再開。五条駅から城戸までの路盤工事も完成し、残すは軌道敷設などを行うのみであったらしい。
しかし、想定と異なる駅数の少なさから地域住民が反発し、さらには民間鉄道会社の乗り入れ表明もあって状況は混乱。やがて鉄道の需要が見込めないことが決定的となり、工事予算は凍結された。そしてモータリゼーションの到来により、計画そのものが泡と消えてしまったのである。
R168のうち、五条駅から五條市大塔町に至るまでの区間においては、いくつかの場所でこの五新線の構造物跡が見られるのだ。ちなみに、この五新線跡は「旧国鉄五新線(未成線)鉄道構造物群」として、土木学会選奨土木遺産に選定されている。
せっかくなので、走行中に見られればと思っていた次第だ。
この高架橋とか。
この高架橋もそうらしい。
どれも道路ではなく、鉄道跡である。
Googleマップの航空写真版で見てみるとわかりやすいので、ぜひ確認して欲しい。道路のない場所に、道らしきものが架かっているのがわかるはずだ。
ここまで作っておきながら計画中止となったことに対して、逆に何ともいえぬワクワク感を覚えるのは私だけではなかろう。
もし五新線が出来ていれば、新宮までは五条を経由して直接アクセスできたはずだ。基本的に沿岸地域以外には鉄道が走らない紀伊半島であるが、いま開通していればそれなりに需要はあったのではないか。少なくとも、サイクリストにとっては。
さらにR168を進む。
つづら折れが登場し、斜度が少し上がってきたのがわかる。
峠か? と思ったらとうふ屋だった。
峠でとうふって、完全にイニシャルなDを狙ってやがる。唐突に脳内へ流れ出すスーパーユーロビート。よーし溝走りでKOM狙っちゃうぜ! もちろん、自転車ではそのまま落下する。
狭いトンネルを抜けると……。
そこは、静岡だった(違
サイレントヒルばりの霧である。道は見えるが、その先の景色が全く見えない。トンネルを抜ける前と後でまったく世界が異なっているように感じる。
こんな景色のなか「ようこそ」とかホラーかよ。テーマパークやそれっぽい場所は、恐怖の象徴である。
既に道は下りに転じている。少し注意しながら降りていき、道の駅吉野路大塔に到着。
予定より少し遅れているが、まだ十分取り戻せる範囲だろう。
先客がちらほら見られるものの、サイクリストは我々のみである。この道の駅は休憩ポイントに設定していたので、少し休んでいく。
体調はすこぶる良い。坂は苦手なのだが、登っていたらどうやら元気になってきたらしい。なっち氏に前回来た時の様子などを尋ねながら、20分ほど休憩。
霧が晴れる様子はない。この先はしばらく下りが続くので、そのうち視界もマシになるかもしれない。そう思い、再び出発した。
下った先で、妙なトンネルを発見した。
これもまた、五新線跡だ。天辻トンネルと呼ばれており、内部には大阪大学にある核物理研究センターが設置した大塔コスモ観測所がある。よくわからないが、こんなところでニュートリノを観測できるらしい。
しかし、どうやら今はほとんど稼働している様子はない。停まっていた車は関係者のものだろうか。いずれにしても、このあたりで五新線跡は終わりのようだ。
時間があればもっとゆっくり眺めていきたいところだが、今日の我々には時間がない。いずれ来ることもあるだろうと思い、先へ進む。
谷瀬の吊り橋で僕と握手!(無料)
天ノ川沿いの橋を越え、トンネルを抜けていくと、急に開けた道路に出る。
どうやら最近工事が完了したらしく、非常に綺麗な道だ。しかもやや下り基調。一気にスピードが乗る。
あとでなっち氏に聞いた話では、R168は道路の改良工事が至るところで行われているそうだ。この日走った道をよく見てみると、昨年には無かった舗装路やトンネルがいくつかできていたらしい。
きわめて人工的な感じがするのはともかく(道はいずれも人工的だ)、自然と人工物のコントラストは見ていて楽しい。快走路を一気に駆け下りて、十津川村に入った。
十津川村の先は和歌山県だ。だが、簡単には越えさせてはくれない。十津川村はとにかく広いのである。
面積は約672平方キロメートルもあり、日本の村としては最大の面積である(北方領土の村を含めると5位)。
琵琶湖や東京23区よりも広いといえば、その広大さが少しは理解できるのではないか。当然、奈良県内の市区町村でもっとも広い。大阪の千早赤阪村とは比べものにならないのである。
ところで、十津川村と聞いて十津川警部を思い出すのは私だけだろうか。一応、名前の由来もこの村である。
十津川村といえば、ぜひともあれを見ておきたい。そう思いながら先頭を走っていると、晴れてきた空の下に、その姿が見えてきた。
そう、谷瀬の吊り橋である。
世間的には以前に行った徳島のかずら橋の方が有名らしいが、こちらのほうが圧倒的にスケールが大きい。
橋の下を見ると、キャンプに訪れている人がたくさんいた。
このあたりはオートキャンプ場になっている。観光地として開けた場所になっており、少しではあるが近くにお店も並んでいるので、手軽なキャンプ地として楽しめるのだろう。
高所恐怖症の気はないはずなので、ちょっと渡ってみたい気もする。
そう思って橋の入り口を見ると、監視員が配置されていた。
重量制限があるらしく、20名以上は同時に橋を渡れないようになっているようだ。うん、ちょっと怖いなそれは……。風とか吹いたら醜態を晒してしまいそうである。
橋の雄大な姿を眺めながらしばし補給タイム。ここで休憩するつもりはなかったのだが、こんな面白い景色を見てしまっては致し方あるまい。
秋刀魚寿司の美味さを知る人よ
谷瀬の吊り橋を後にして、再びR168を進む。
小さなトンネルをいくつも抜けていく。
五條から新宮に至るまでのR168の道は、大小さまざまなトンネルが待ち構えている。出発時や到着時に日が出ていないことも踏まえて、ライトは2灯以上用意してきた。
途中、発電所の設備らしきものが見える。こういう人工物はわりと好物である。
どのくらい進んだだろうか。トンネルと抜けた先で、開けた場所に出る。
十津川村役場や民俗資料館に並んで、道の駅十津川郷が見えた。ここも設定していた休憩場所である。
時刻はちょうど10時。本来は9時40分に到着する予定だったので、20分の遅れだ。途中、谷瀬の吊り橋で少し休憩したのを考慮しても、ほぼ予定どおりのペースである。
ここから新宮まであと60km。途中、熊野本宮大社でもう一度休憩を入れているが、そこまで25km。できればここでしっかりと補給しておきたい。
しかし、微妙に食欲がない。疲れというよりも、おそらく寝不足が影響しているように感じる。眠気は全然ないのだが。
売店に入り、何を買おうかと思案していると、なっち氏が寿司をもってレジに並んでいる。
秋刀魚寿司だった。食欲をそそられるビジュアルだが、結構なボリュームがある。今の状態で完食できるだろうか。
いや、この状態だからこそ、せめて補給はきちんとしておいた方が良いだろう。そう思って、私も秋刀魚寿司1パックを手にしてレジに並ぶ。
外でパックを開き、醤油を薄くかけて、いざ実食。
一口食べて舌に衝撃が走る。非常に美味しい。
軽く塩漬けされた秋刀魚の旨みが、寿司飯の上で踊っている。それでいて、どことなく瑞々しさも感じられるのが不思議だ。見た目は鯖寿司と少し似ているが、味や食感は全く異なっている。
秋刀魚寿司は三重県の志摩半島や和歌山県の一部でしか食べる習慣がないらしく、売店などでもあまり出回っていないそうだ。確かに、名前は聞いたことがあるものの、食べたことは一度もなかった。
気がつけば、一気に全部食べてしまっていた。食欲不振はどこへ行ったのだろうか。秋刀魚寿司、恐るべし……。
いつか再び訪れたときには、必ずもう一度食べよう。そう心に誓って、道の駅を後にした。
熊野古道は「熊の小道」だと思っていた時期がありました
次の休憩ポイントである、熊野本宮大社を目指して走る。
程なくして、再び開けた道に出る。
小高い部分に架けられた人工的な道を進んでいくのは、妙に気分が良い。山の向こうまでずっと道が続いているのが見える。こんな面白い道があるのかと、気分が高揚していくのがわかる。
道の先には、十津川村の終点があった。
ようやく奈良県を抜けて、和歌山県に入る。
トンネルを抜けても快走路は続く。このあたりは本当に走りやすい。
和歌山のライドといえば紀ノ川沿いや高野山、海南市あたりを走ることが多いが、いずれもこの辺りの景色とは似ても似つかぬ。和歌山県にいるのに、和歌山県ではないどこか別の場所を走っている気分になる。
しばらく進んでいくと、突然景色が切り替わり、開けた場所に出た。
熊野本宮大社である。
ここにはコンビニがないと聞いていたので、売店でソフトクリームでも購入できれば良いかくらいに思っていた。甘いものはさほど好きではないが、致し方あるまい。
……と思っていたら、まさかのヤマザキショップがあった。流石は田舎に強いヤマザキ、契約形態の緩さに定評がある。
ショップ内は個人商店に近い感じで、普通に食肉や野菜が売っていた。肉まんがあったので飲み物と合わせて購入し、カロリーを補う。
先ほど休憩した道の駅十津川郷と同様、ここでも予定より20分遅れ。ということは、一応予定通りのペースではあるわけだ。
なんとかDNFの判断ポイントである新宮までは行けそう。そう思ってはいたが、少しずつ身体が疲労を感じ始めていた。
「ここから新宮まではずっと下り基調だったはず」と言うなっち氏。どうやら心配はなさそうだな……。
それにしても、熊野本宮大社は観光客が多いものの、あまり観光地然とした雰囲気はない。
いや、少し違うか。小綺麗に整った町並みは確かに観光地のようではあるのだが、あまりギラギラした雰囲気がないのだ。
観光地のような姿をしているが、来るものは拒まず、去る者は追わず、といった感じ。おそらく、本通りをひとつ入るとそこに生活の匂いがするからだろう。
あと、熊野本宮旧社地「大斎原」をきちんと見られなかったのがちと惜しい。いずれ、今度はじっくり回ってみたいものだ。
遠い彼方の新宮
新宮まで残り35km。
下り基調なら余裕だろう。そう思っていた時期があった。
10kmほど進んではたと気がつく。身体がやけに重たい。
加えて、足に痛みを感じる。というかこれ、あんまり下り基調じゃないぞ……。下り基調に見せかけるまでもなく、普通に小さなアップダウンが連続している。
道の様子は置いておくとして、寝不足による負債がようやく頭をもたげてきたのだろう。ここまで約150km。思えば一睡もしていない状態でよくここまで走れたものだ。
みるみる失速していく。補給はきちんと行っているのに、どうにも力が入りづらい。
そんな様子をなっち氏が察してくれたのか、お手洗いと称して「瀞峡めぐりの里熊野川」
で一時休憩させてくれた。
足を伸ばしながら、補給食を口にする。
残り25km。アップダウンとはいえ、別に10%声の斜度があるわけでもない。マイペースで進めば十分にたどり着けるはずだ。
昼食は新宮で食べる予定だ。きちんと食べて休憩すれば、体調も戻るかしれない。とにかく進もう。後のことは、それから考えるべきだ。
スピードが出ないことを正直に伝えてから、出発。体調不良とはいえ、合わせてもらうのが少し申し訳なく感じる。
アップがあれば、ダウンがある。登りはとにかくマイペースで登り、下りは惰性に任せて進んでいく。
妙な崖が見える。テリー某が垂直にパワーゲイザーでも撃ったような形をしている。
ひたすら熊野川沿いを進み、最後のトンネルを抜けて、新宮の市街地に入った。
長い25kmだった。
なっち氏から昼食をどこで取るか聞かれる。食欲は十分にあるので、何かがっつりとしたものが食べたい。というか、夕食に海鮮丼さえ食べられれば、昼は別に何でもよかった。
KeiOS「王将とかどうですかね」
なっち氏「いいですね」
和歌山まで来て王将とかなめてんのかテメエと怒られるのを覚悟していたが、快諾してもらえた。
餃子の王将新宮店
新宮セットとかいう、どのあたりが新宮なのかよくわからないセットを注文し、一気に食べる。チャーハンは大盛りでもいけそうな気がしたが、食べ終えると思いのほか満腹になった。
なっち氏が食べ終えるのを待ちながらスマホをいじっていると、急にものすごい眠気が襲ってきた。
この眠気はちょっと尋常ではない。気を抜くとすぐに意識を持って行かれそうな気がする。走っていれば多少はごまかせるだろうが……。
眠気で意識を失って落車などというのは絶対に避けたい。昨年の嫌な記憶がよみがえる。
しかし、足は痛むものの、身体はまだまだ走れそうな感じだ。
幸い、ここから串本までは紀勢本線に沿って走ることとなる。つまりここから先、DNFはいつでもできるということだ。
そこまで考えて、とりあえず新宮でリタイアという選択肢は消えた。走れるところまで走ろう。そして、できれば串本までたどり着きたい。
なっち氏に、素直に眠いことを伝える。すると、
まさかの無水カフェインである。ライド中は常備しているらしい。
あんたトキの兄貴かよ……。有り難く頂戴する。なお、私は一人っ子である。
苦痛に耐えられぬ時って今さ! そう心のなかで叫びながら、その場で流し込む。飲んだ直後から効くわけもないのだが、すっと眠気が和らいだ。
いけそうな気がしてきた。串本まで残り40km。がんばろう。
復活の聖地巡礼部
昼食を終えて、新宮を出発する。ここからは海沿いにR42を南下していくだけだ。交通量は多少あるが、どうということはない。
それよりも、脚が痛い。ペース的にはほぼ予定していた通りなのだが、なにぶんグロス20km/hを超えて150km以上も走るのは随分久しぶりである。ロングライドに必要な筋肉が使われていなかった気がする。
そういえば昼食時になっち氏から「ロキソニン要ります?」と聞かれたのを思い出す。うん、きみのそのバッグはドラえもんのポッケみたいだなあ……。
一応、私も偏頭痛への備えとして鎮痛剤は持っている(偏頭痛持ち)。しかし、さすがに無水カフェインと鎮痛剤のコンボはキラやば☆な世界が見えそうなのでやめておいた。あれ、それってプリキュアの世界に行ける(ry
時刻は14時半を過ぎたところ。日没までに「本州最南端の地」へ行って記念撮影したいので、本来ならまっすぐ串本へ行きたいところだ。
しかし、この日はなっち氏の希望で、ひとつ寄り道する場所があった。
15kmほど進んだところで、R42を少し離れる。
古い商店街を抜けていく。こういう商店街があると、ふらふらと近寄ってしまうことが多い。
この辺りの名物菓子、那智黒飴の看板が目につく。しかし、目当ては商店街ではない。
目当てはこっち、紀伊勝浦駅である。
駅前での記念撮影もそこそこに、二人して駅に併設された観光案内所へ向かう。
からからとドアをあけると、そこには黒髪の二次元美少女が立っていた。
ついに人類は次元を超える術を身に付けたのか……というわけではなく、これは「温泉むすめ」のキャラクター、南紀勝浦樹紀ちゃんである。
「温泉むすめ」とはアニメや漫画、声優といったコンテンツを通じて、日本各地の温泉や地域の魅力を発信していくプロジェクトのことだ。
プロジェクトでは、温泉むすめに関する物語が作られている。
日本各地の温泉に宿る、「温泉むすめ」と呼ばれる神様。彼女たちは、温泉を司る最上級の神「スクナヒコ」(cv:水樹奈々)からアイドル活動開始の布告を受け、アイドル活動を開始する。日本全国の温泉むすめアイドルの頂点を目指し、立派なアイドルに成長していく――という物語である。
温泉×アイドル×神。だれだこんなコラボ考えたやつは……。ゾンビ×アイドルくらい妙なコラボである。はなから『WAG』は敵にもならない。『アイマス』も『ラブライブ』すら顔負け。これで丸田を切ったり崖上りをしたりでもしたらもはや『アイカツ!』そのものじゃないか。うんうん、それもまたアイカツだね! 私たちの熱い温泉むすめ活動が始まっちゃうフフッヒ!
この温泉むすめ。全国の温泉という温泉を席巻しており、北は北海道、南は沖縄、さらには台湾にまで広がっている。そのキャラクター数は2019年11月の時点で100を超えている。
なっち氏は自分の行ける範囲でこの温泉むすめに会いに行っている。今回、串本へ行くなら是非寄りたいという希望をもらったので、こうしてやって来た次第である。
なお、私の一押し温泉むすめといえば……まだプロジェクトをきちんと飲み込めていないので、特に決まっていない。
キャラデザだけでいえばぽんかん⑧が手がけた大分の別府環綺ちゃんとか良いけどね。というかぽんかん⑧だからね。ぽんかん⑧は神だからね仕方ないね。
ところで、もはやどのくらい認知されているのか知らないが、一応、私はK&MCYCLEの聖地巡礼部の部長である(らしい)。
少し話は自転車に乗り、実際にアニメに使われた舞台、いわゆる聖地を巡礼して回ったものだ。部員はいつでも歓迎しているので、気になる人はK&MCYCLE南船場店まで連絡して欲しい。
参加条件は自転車に乗れることだけ。一時はプリ○ュア全シリーズ鑑賞を義務づけていたが、それだと部員が私だけになるのでやめておいた。
というか、自転車とこういうアニメコンテンツはわりと相性が良いのである。車や電車でわざわざ来ることもあるだろうが、自転車ならロングライドを兼ねて目的地に設定できる。
二人して南紀勝浦樹紀ちゃんの写真を撮りまくり、観光案内所の人にいろいろと話を伺う。大阪から自転車で来たというと、たいそう驚いておられた。
私も『弱虫ペダル』をちょっと読んでロードバイクに興味あるんですが……というので、とりあえずあなたに必要なのは『はやめブラストギア』『ろんぐらいだぁす』ですと力説しておいた。なお、もしこれが30を過ぎた男性なら、『のりりん』を勧めていたに違いない。というか女性でも『のりりん』面白いよ。
なっち氏はキーホルダーを購入。うむ、ヲタクの鑑だなあ……。
出る直前、観光案内所の人から那智黒飴と、南紀勝浦樹紀ちゃんのステッカーをいただく。
なんと有り難い。しかし、これを車体に貼るとキュアラピエールは二度と私を乗せてくれなくなるだろう。別の使い道を考えよう。
観光案内所を後にする。駅前の定期観光バスの看板にも、二次元美少女がいた。
和歌山はなぜか二次元とのコラボが微妙に多い。南海フェリーの高野きららちゃんとか阿波野まいちゃんとかね。
聖地ではないが、久しぶりに聖地巡礼部っぽい活動ができて満足である。
ラストで覚醒するとか少年漫画チックで燃えるだろ?
紀伊勝浦駅を出発し、残りはあと25km。本来なら消化試合も良いところである。
依然として足は痛く、重い。先頭を走るなっち氏はだいぶペースを落としてくれているが、それでもなかなか追いつけない。
5km程度で体が悲鳴を上げ、たまらず道の駅たいじで休憩する。
道の駅たいじといえば、道の駅のなかで日本一綺麗なトイレがある。休憩ついでに寄ってみたが、確かにホテルかと思うような美しさだった。
2018年に出場したブルベ、BRM602和歌山600㎞ 紀伊半島一周Reverseでは、この道の駅で少し寝るつもりをしていた。
伊勢志摩あたりでやむなくDNFとなったので、来たのは今回が初めてだったのだが……。なるほどこれは、道の駅のなかでもかなり快適に休めそうな雰囲気だ。
残り20kmがとても長く感じる。時刻はもうすぐ15時半。この日の日没予定時刻は17時頃。
なお、串本までの距離がちょうど20kmであり、そこから「本州最南端の地」の石碑まではさらに7kmほどある。
串本までは確実にたどり着けるだろう。しかし、石碑での記念撮影が難しい気がしてきた。
できれば、ここで諦めたくはない。何よりも、今日撮影できないとなると、また串本へ来なくてはならなくなる。
いや、別にそれでも良いのだが、行けるかどうかという瀬戸際で諦めてリベンジ案件を作るのはなんとも苦々しい。
そのとき、ふしぎなことがおこった。脚の痛みが、なぜか落ち着いている。
その場で少しストレッチをしてみたが、妙なことに痛みがない。いよいよアドレナリンがピークを超えて未知の脳内麻薬を分泌させたのだろうか。しかし、これなら行けるかもしれない。
なっち氏と相談し、早々に道の駅たいじを出発する。
アップダウンがあるなかで、なっち氏がこれまで以上のペースで走り出す。
ここで千切れたらもう追いつけないような気がして、必死に彼のあとを着いていく。脚は重たいはずなのに、なぜかきちんと回ってくれる。
行けそうか? ではない。行かねばならぬ。そうでなければ、ここまで来た意味が無い。
そのまま5km進み、10km進み、15kmを過ぎたところで、串本の案内が見えた。
なっち氏の鬼引きがなかったら絶対にたどり着けていなかった。そのことに対する不甲斐なさは多少あったが、それよりも死に体の状態からよくこまでたどり着けたという安堵感の方が大きい。
さすがに体力を使い切ったようで、一気に失速する。あとでStravaを確認したが、結構なスピードで走っていたらしい。
この時点で16時20分。休憩など取ることは一切考えずに、そのまま石碑のある潮岬へ入る。とりあえず、20km/hくらいまでは出せそう。
ここに来て気持ちをへし折るような登りがあったが、もはや到着することしか考えていないので、無心で登る。
16時48分。ついに、本州最南端の地へ到着。
日没予定時刻の12分前である。なんとも感慨深い。
あいにくの曇り空で綺麗な日没とはいかなかったが、別にかまわない。むしろ、世界の果てのような雰囲気があって良いだろうと、ひねくれた性格を自認している私はそう思う。
串本ライド、無事に達成。
串本まで来て海鮮丼食べないとか何しに来たの
そんなことを言われるのは心外なので、きちんと本ライドの優先順位第2位であった海鮮丼を食べに行く。
ちなみに、このライドの優先順位は、
1位:本州最南端の地で記念撮影
2位:海鮮丼
3位:那智の滝めぐり
である。ここまでの文章のどの辺に那智の滝があったんだ、などと自分で尋ねたくなる。しかしどう考えても、この日の体調では無理があった。
潮岬を出て、串本町内に戻る。目当てのお店は既に決めてあった。
政美寿司 本支店
ここは昨年になっち氏がソロで串本ライドを行った際に立ち寄った店である。今回のライドの計画を練る際にいくつかお店を調べていたのだが、海鮮丼はこの店が一番良さそうな気がしていた。
のれんをくぐり、カウンターに座る。座敷には既に出来上がっている集まりが見える。
大将が魚を捌きながら何にするか聞いてくると、「あれ、兄ちゃん去年もけえへんかったか?」と訪ねてくる。どうやらなっち氏のことを覚えていたらしい。
ふたりとも海鮮丼を注文し、しばらくして待つ。
出てきたのがこれである。
いったい何種類の海鮮が乗っているのか。白米がほぼ隠れている。
いざ、実食。
流石は串本。素人でも海の幸の新鮮さがよくわかる。非常に美味しい。
単品で食すも良し、白米と一緒に食べるも良し。刺身ひとつにしても、口のなかでプリプリの食感が楽しめる。
輸送技術の発達でどこでも海鮮が食べられるようになったが、この時代にあってもなお、本場の海鮮はひと味違うようだ。
政美寿司の海鮮丼、確かな満足であった。
食事を終えて、串本駅へ向かう。
駅員さんに最寄り駅の名前を告げると「○○線の駅ですね」と即答される。以前、自転車で岡山へ行ったときも同じことを思ったが、JRのチケット売り場における駅員はガチすぎる。おそらく、すべての沿線と駅名すり込まれているのではなかろうか。
ホームに入ってきたくろしおに乗り込む。
出発と同時に、無事ライドが成功したことを祝って乾杯した。
その後、天王寺駅でなっち氏と別れる。
こんなエクストリームライドに付き合ってくれてありがとう……。たぶん、ソロでは達成できなかった(そもそも、寝不足でのソロライドだとDNSしていた気がするが)。
結びにかえて
紀伊半島を縦断して串本へ行くというのは、長らくやってみたかったライドの一つだった。それだけに、達成感もひとしおである。
途中、脚の痛みに悩まされはしたものの、終わってみると楽しかった記憶しか出てこない。平常時なら何でも言えると思われるかもしれないが、たぶんもう一度やったらかなりマシな状態で走れる気がする。
五條~新宮間の道は、とにかく楽しいの一言に尽きる。特に、道の駅吉野路大塔を過ぎてからは快走路が続き、見所も多い。今後、道路改修工事が進むにつれてますます走りやすくなるだろう。
あと、道の駅十津川郷で販売していた秋刀魚寿司。あれを食べるだけでも、走る価値があるように思う。食べ物に関してはあまり頓着しないほうだが、秋刀魚寿司が食べられるのなら今年中にもう一度行っても良いくらいである。
次はいつ行こうか。