※お知らせ
この記事は、2021年7月23日に実施した長野・群馬行きライドの後半部分について記したものである。
前半部分の記事はこちら。
早朝の草津温泉
2021年7月24日 土曜日
草津温泉の宿泊地、菊水荘にて。午前6時に起床。
夕べギリギリまでお酒を飲んでいたはずだが、目覚めはスッキリ。まあ、そんなものである。
前日のうちに手洗いしておいたグローブやサイクルキャップはきれいに乾いていた。
めいめい起床し準備を進めるなか、私は一張羅のビブショーツとジャージに身を通す。
漫画『ヨルムンガンド』とVALETTEのコラボによるジャージ。ライドのなかでもこういう「ハレ」の日にこそ着ようと大事にとっていたものだ。つまりは勝負ジャージ……!
しかし、『ヨルムンガンド』、アニメは観たけど原作は未読なんだよなあ(2021年7月時点)。
なんというニワカ。何故買ったという突っ込みは無しである。デザインに惹かれたんだよ悪いかよ。
ただまあ、せっかくなのできちんと読みたいところだが。
菊水荘でのチェックアウトを済ませて駐車場へ。車から愛車を下ろして準備。
近くのローソンで軽く買い込む。kabo氏は話題のフライドポテトパンを食しながら「おいしくない……」と宣うていた。
冷えて固くなったポテトがケチャップやカレー粉と絡むとのこと。少し気になっていたのだが、だめだなこれは。
出発前に、本日の行き先をおさらいする。
2日目は渋峠と呼ばれる峠を登る。
渋峠はちょうど長野と群馬の県境にあり、群馬側は草津温泉から登ることができる。つまり、我々は宿泊しながらすでにスタート地点に立っていたというわけだ。
渋峠の魅力とは何か。主な理由は2つある。
ひとつは渋峠を結ぶ国道292号が、「国道」としては最も高い場所を結んでいるということ。
「国内舗装道路」の最高地点は長野県にある乗鞍だが、国道の最高地点はここ渋峠である。
基本、サイクリストは端っこや頂上が好きなものだ。本州最南端とか日本最北端とか。
日本国道の一番高い所へ自転車で行くという行為もまた、何かしらサイクリストをワクワクさせるのである。
そしてもうひとつは、道中で見られる景色にある。
春先であれば道の左右にそびえる雪の壁が見られるらしいが、緑あふれる夏の渋峠もなかなか良いと聞く。
噂に聞く高所のワインディングロードを堪能させてもらおうではないか。
ところでこの渋峠、火山活動のせいでここ数年は通行止めとなっていた。訪れるのはもう少し先になると思っていたが、図らずも今回来ることが出来た。
スタートを前にして、まずはその僥倖に感謝を。
昨日に続き天気は上々のようだ。しかし、この天候も昼前には下り坂となるらしい。ならば、ここでぐずぐずしている理由はあるまい。
早速我々は、渋峠のスタート地点へと向かった。
「開け、ゲートオブ殺生!」
草津の地を進み、R292へ合流。
しばらく進むと渋峠に続くゲートが登場。
「通行注意!」とあるが、何に注意すれば良いのだろうか。熊? おそるおそる、ゲートの先に入った。
最初の数キロは何の変哲も無い林道だ。特に見るべき景色もないので、めいめいのんびりと登ってゆく。
……と思ったら不穏な標識を発見。
「500メートル先駐停車厳禁」とな。
「禁止」ではなく「厳禁」。
強い表現に訝しんでいると、kabo氏が「この先1kmは息止めて走らないとダメですよ」とのこと。ふええなにそれKeiOSしんじゃうよお。
渋峠、実は恐ろしい場所なのか……とびびりながら先に進む。
林道区間が終わり、ようやく景色が開けた。
その瞬間、温泉のような匂いを感じる。それで、駐停車厳禁の理由がわかった。
どうやらこの先には硫化水素ガスの発生区域が続いているらしい。
渋峠へと続くこのR292は、草津白根山と呼ばれる活火山のすぐ側を走っている。
活火山の影響か、R292の一部区間では硫化水素ガスが発生しており、生物にとっては危険な場所となっているのである。
その場所へと続く入口の名は「殺生ゲート」。
狙いすぎだろ……とは思うものの、由来やら歴史やらを思うとさもありなん。
意を決してゲートの先へ飛び込んだ。
景色が変わり、硫黄の強い匂いが鼻をつく。草木も生えぬ土地というのは本当のようで、寂寞とした大地がその表情を見せる。
長時間そこに留まるようなことをしなければ問題はないようだ。しかし、じっとしていると体全体が温泉卵になってしまう気がする。
微妙に危険な場所を抜けていくと……。
地面の起伏に沿うようにして、ワインディングロードが続く。
標高は既に2,000メートル近い。森林限界のせいか高木の類いは少なく、山肌を覆うようにして短い草木が茂る。
そのせいもあって、伸びゆく道路がなんとも面白い姿を見せる。
その景色に言葉は不要だろう。渋峠、楽しい!
ねえ、KeiOS
ん?
バカとナントカは高いところが好きだというけれど
俺はバカではないが、高いところはまあまあ好きだぞ
……そうね、私も嫌いじゃないわ。来て良かった
高地にあるせいで、冬の渋峠は閉鎖される。
峠を走るR292、通称「志賀草津高原道路」を走ることが出来るのは4月下旬から11月初頭の間だけだ。
4~5月には峠に雪が残っており、先に述べたように、区間によっては道路の左右で壁のように積もった雪が見えるらしい。
その様子はまるで「雪の回廊」のようだという。一度はその季節にも訪れてみたいものだが……。
しかし、夏の渋峠も最高じゃないか。
懸念していた天候も上々。昨日のビーナスラインに続き、勝利を掴んだ感じがする。
そんな景色のなかに、無骨な人工物がひとつ。
見れば「待避壕」の文字が。
噴火時に飛んでくる石とか時速400キロくらいになるというし。万が一のためにもこういうものが必要なのだろう。
それにしても、走っては停まるの繰り返し。
一気に登るのがもったいないと感じる。
途中、レストハウスを発見。もう使われていないのかと思いきや、噴火時の緊急避難所として使われているらしい。
さらに先を行くと、再びゲートがあった。万座三叉路と呼ばれるゲートの近くには、例の毛無峠へと下る道が続いている。
毛無峠といえば群馬と長野の境界。群馬側へと足を踏み込んだ瞬間にその体は雲散霧消してしまう、あの場所である(知らない人は「グンマー帝国」で検索してみよう)。
少し寄ってみたい気持ちもあったが、この天候も正午までには崩れるらしい。その前に峠の頂にたどり着きたいところだ。
何よりも道半ばで消滅するわけにもいかないので、先へ進むことにする。
大丈夫? 国道最高地点で反復横跳びする?
やがて、最も開けた場所に出た。
町の境界線上を超える道。スケールが大きい。
この場所はちょうど分水嶺となっているようだ。
分水嶺とは分水界とも呼ばれ、降った雨が異なる水系へと流れるちょうど境目のことをいう。
なかでも中央分水嶺(中央分水界)は日本海側と太平洋側の境界となっている。
ちなみに分水嶺とは厳密には分水界となっている山稜を指す。山岳地帯では山々の尾根が国境となっていることも多く、しばしば分水嶺が国境と一致する。
しかし、山岳でもなんでもないただの平坦な場所が、実は分水界となっているケースもある。
分水嶺については調べてみると楽しい発見が多い。
渋峠、ホント来て良かったな……。もはや頂上へ着く前にエンドロールが流れる始末。
そのエンドロールに応えるようにして、例のオブジェクトが見えた。
「日本国道最高地点 標高2,172m」の文字。
いま、その場所にいる。
自転車に乗り始めておよそ5年。特に何か目標をもって走っているわけではない。
しかし今日この日。またひとつ、行ったことのない場所へたどり着いた。そのことに、妙な達成感を覚える。
写真を撮影していると、後ろから別のサイクリストに声をかけられた。聞けば前日に乗鞍を登り、今日は渋峠へとやってきたらしい。
渋峠は長野側から登ってきたというが(長野側はあまり景色がよろしくない)、それでも二日続けて絶景を堪能できるのは羨ましい限りである。
渋峠ホテルでスーパーモフモフタイム!
達成感を胸に、さらに先へと進む。
ほどなくして、例の? 渋峠ホテルが見えてきた。
このホテル、ちょうど群馬県と長野県の境界線上に建てられているのである。外観にもわかりやすい記載が。
県境に来たら、反復横跳びをしたくなるのは人の性であるらしい。かくいう私は生物学的にはホモサピエンスであるが、反復横跳びは特にしたくない。
こういうとき、一番反復横跳びしそうなのはおもち氏だなあと思っていると、案の定既に飛び終えていた(以下のリンクから反復横跳びの動画へ)。
その後、こういうポーズをしていたけど(車体は長野、乗り手は群馬だと言いたいらしい)。
休憩を兼ねて渋峠ホテル内へ。
先に入っていたkabo氏のほうへ行くと、そこに犬がいた。
このホテルの看板犬、ゴールデンレトリーバーのマーカスだ。
マーカスの小屋の隣には、「インディー」という名札と共に花が添えられている。
渋峠ホテルには、以前にインディーという名のゴールデンレトリーバーがいた。同じくこのホテルの看板犬として、訪問客にとても愛されていたようだ。
渋峠を知るサイクリストにはそれなりに有名だったインディー。ロードバイクを題材にした漫画「ろんぐらいだぁす!」の7話でも、主人公にじゃれつくインディーの姿が見られる。
一度でいいから会っておきたかったのだが、残念ながら2019年に亡くなってしまった。ここにいるマーカスはその子どものようだ。
ちなみに「ろんぐらいだぁす!」の7話といえば紗希ちゃんの初登場回である(同作において特に押しキャラがいるわけではないが、紗希ちゃんはかわいい)。そして、主人公の亜美がロードバイクを購入するきっかけを作った回でもある。
それにしても、インディーは好奇心旺盛なタイプだったらしいが、マーカスは人慣れしていながらもおとなしい感じだ。
そっと手を伸ばすと「ええで」という感じで撫でさせてくれた。
マーカス、君めっちゃモッフモフやぞ……。正直、無限に触っていられる。スーパーモフモフタイムや……。
……(じーっ)
なんでそんな遠くから眺めてるんだ? こっちに来て一緒に触ってみろよ。このマーカス、モッフモフやぞ
……犬こわい
……………は?
いぬが、こわいの!
…………初耳なんだがその情報。なんで恐いんだ? こんな可愛い生き物
どこが可愛い生き物なのよ。犬って相対する者には容赦なく咆哮し、その鋭い牙で相手に噛みつく恐怖の生き物でしょ?
ちょ、目恐い。
なんだその「犬こわい」にありがちなようでいてありえない理由は。確かに世の中には「絶・天○抜刀牙」で人食い熊を倒すような銀色の犬もいるとかいないとか聞くけど、少なくともこのマーカスはめちゃくちゃおとなしいぞ
やれやれ。無知とは罪なものね、KeiOS。あまりそいつに近づかないほうが良いわよ、あとで噛まれたって知らないんだから
ええ……なにこの子……犬も猫もかわいいもんだけどなあ
猫は可愛いに決まっているじゃない。犬は恐怖の対象でしかないわ
そうは言うけど、ライオンもトラも猫科だぞ
はぁ? ネコのどこをどう見ればライオンやトラだというの。無知を通り越して頭がおかしくなってしまったようね
…………いけ、マーカス!
い、嫌ああああああこないでええええええ! KeiOSのばかぁ!
ふはははは勝った。謎の勝利感が己を満たしてゆく。
どうでも良い情報だが、私は猫派より犬派である。昔は猫派だったが、実家で犬を飼うようになってから宗旨替えした。
犬はいいぞ。かわいいぞ。モッフモフやぞ(3回目)。
まあ、モフモフじゃなくても犬はかわいいのだが。
渋峠ホテルを後にして、さらに少しだけ先へ進む。
開放的なトンネルが我々を出迎える。この高度でこのトンネルをくぐるのか、妙に楽しい。
長野側のカフェで少し休憩し、帰路に着いた。
下りの景色もまた格別である。一気に降りるのがもったいなくて、再び写真を撮る。
しかし、既に雲行きは怪しくなっていた。早めに出て良かったな。或いは前日に飲み過ぎなくて良かったともいえる。
渋峠、楽しかった。次に来るときは雪の回廊が見られる季節に。
草津ではホットサンドを食え(草津 片岡鶴太郎美術館 カフェコーナー)
再び草津に戻ってきた。時刻はお昼前。
気がつくと、お腹が空いていた。それなりに登ったはずなのに、景色に圧倒されて空腹感が麻痺していたらしい。
もうこれ以上走ることもないので、何か軽く食べられればそれで良い。そう思いつつ、事前に目を付けていたお店へと向かう。
着いたのはこちら。
草津 片岡鶴太郎美術館 カフェコーナー
草津を代表する宿泊地のひとつ、草津ホテル。そのすぐ側にある「草津片岡鶴太郎美術館」に併設されたカフェである。
誰が最初にそう言ったのかは知らないが、ここのホットサンドが非常に美味だとの噂を聞きつけ、やってきた次第だ。
ところでなぜ片岡鶴太郎の美術館が草津にあるのかというと、絵画を好む草津ホテルの先代が彼に声をかけたのがきっかけらしい。なお、彼の名を冠した美術館は草津以外にもあるようだ。
着席し、さっそくホットサンドのセットを注文する。長い時間をかけて登ったせいだろう、深刻な塩分不足を感じたので日替わりスープも付けることにした。
撮影した写真を整理していると、注文の品が運ばれてきた。
見た目は普通のホットサンドといった感じだが……。
とりあえず、一口。
これは美味い! ハム、レタス、チーズと、挟んでいる食材はいたって普通なのに。なぜこうも美味しく感じられるのか。
パンのせいか? 確かに、パンは美味しく感じる。隣の草津ホテルでも振る舞われているのだろうか。私にはさほどパン愛がないので判別しかねるが。
それともピリッとした刺激をもたらすマスタードのせいか。ホットサンドの味にアクセントを加えつつ、食材の味をきれいに取りまとめてくれる。
いずれにしても、シンプルイズベストを高いクオリティでまとめた一品である。草津に美味なるホットサンドあり、その噂は本当だったようだ。
セットで注文した日替わりスープもいただく。こちらも一口。
これも美味い。コンソメベースのスープだが、少なくとも市販のものではないだろう。
手作りによる手間と奥深さが味に現れている。塩分不足であることを抜きにしても、染み渡る味だ。
草津片岡鶴太郎美術館カフェコーナー、たしかなまんぞくであった。
旅の満足はメシとともにある。旅の最後の食事をこれで終えられて良かった。
気がつけば正午を回っていた。草津から大阪まではゆうに車で8時間近くかかる。名残惜しいが、そろそろ帰るとしよう。
その後、めいめい土産物を買ったり、今時珍しい混浴の露天風呂がある古い銭湯で汗を流したりしたわけだが、それは同行人であるおもち氏の記事を参照されたい。
こうして、我々の夏休みは幕を閉じた。
結びに代えて
直前まで天候が読めぬなか、今回のプランは決行前日のギリギリまで詳細が纏まらなかった。
実のところ、もう無理して行かなくても良いのでは……とすら思っていた。中止なら中止で、その日何をしようかなと考え始めていたくらいである。
しかし、蓋を開けてみれば天気は持ち直し、ビーナスラインも渋峠も満足のゆく景色を見せてくれた。
時には分の悪い賭けで行動するのも大切だということを少し理解できた気がする。
乗鞍、ビーナスライン、高ボッチ高原、そして渋峠。長野周辺の景勝地はこれである程度回ったわけだが、どれも一度きりで満足のいく場所ではない。
再訪時の条件は、別に同じでも構わない。或いは時期を変えて、拠点を変えて、手段その他を変えるのも良いだろう。いずれにしても、前回とは異なる気持ちにさせてくれるはずだ。
その時は、どんな世界線の上にいるだろうか。