前書き
「ナントカとサイクリストは高いところが好き」とはよく言ったものである。
主に言っているのは私だが。
絶景を求めると、たいてい高いところに行き着く。
高いところの景色は、それだけで非日常感がある。景色の様子は千差万別、いずれもおよそ近くの山々ではお目にかかれないスケールだ。
そうした景色を求めて、サイクリストはヒルクライムをこなすのである。たまに登ることそのものが好きだというHentaiもとい変態もいるらしいが。
かくいう私もサイクリスト初心者ながらに、高所にあるいくつかの絶景スポットを訪れてきた。
どれも一言では表しきれない景色であった。
そして、おとずれる度に「次もまた来よう」と思わせてくれる場所であった。
今年(2021年)も有り難いことに、その絶景を味わう機会を手に入れた。梅雨もあけた7月、最高の夏休みを迎えることが出来そうだ。
今回の参加者は以下の通り。
おもち氏(@noyuyuya)
kabo氏 (@kabotyo3)
Shin氏 (@shinox_kg)
KeiOS (@kei_os_)
決行日は東京オリンピックの影響により設定された7月の4連休、うち23~24日。行き先は長野と群馬の景勝地である。
これまで長野の乗鞍には登ったことがあるが、今回の目的地はいずれも初めてだ。
ようやく清滝峠じゃない場所を登れるのね……しかも高所ばかり。まあ、避暑地としてはちょうど良いんじゃない?
あくまで冷静な我が愛車であった。
しかし私は知っている。長野方面へ向かうと聞いてから、夜な夜なwktk顔でBlack incを撫でているのを。うちの愛車は古風なツンデレだからな。
ところで、決行日を前に一つの懸念があった。天候である。
決行日の週に入り目的地付近の天気予報を何度も確認するが、どうにも優れない。曇り、あるいは雨マークが散見される。
せっかく絶景を楽しみに遠出するのだ。雨は論外にしても、曇りでは行く意味が薄れる。
場合によっては天候の良さそうな西側を目的地とした代案も考えていたが、正直なところ、その時点で少しモチベーションが下がっていたのは確かだ。
決行日までもう時間がなく、加えて宿の確保も必要である。
行き当たりばったりの計画では楽しさも半減するのではないか。相変わらず後ろ向きな思考ばかりが浮かんでは消える。
やがて前日となり、天候がワンチャンあることを確認。当初の予定どおり長野・群馬を目指すことにした。どうやら愛車を泣かせずに済んだようだ。
そのままShin氏が見つけてきてくれた宿を確保。諦めが先に立つ私では、こういう迅速な決定はできないと思う。有り難い。
かくして天候に一抹の不安を抱えつつも、当日を迎えることとなった。
標高1800メートルのファーストラン(ビーナスライン)
2021年7月23日 金曜日
前日の21時ごろから仮眠を取り、日付が変わった23日0時に起床。
寝る前に準備はしていたが、出る前に再度持ち物を点検。
今回の新装備も忘れずに持っていく。
諸々の確認を済ませて、0時30分に家を出た。
集合時間ほぼ丁度に待ち合わせ場所へ到着。見ると、既に今回の足となるハイエースが停車していた。
私は運転できないのでただ運ばれるだけ。できるのは、生来のコミュ障が大学デビューするくらいの勢いで運転手が眠くならないように話しかけること、それくらいである。
やがて夜が明けてきたが、空模様はどうか。
多少曇ってはいるが、日の光も見える。
大阪から約5時間。最初の目的地である長野県諏訪市、霧ヶ峰に到着。
ここから茅野市を結ぶ観光道路、通称「ビーナスライン」を走る。
駐車場に車を停めて、いざ出発。
走り出して間もなく。
見れば、息を呑むような光景が広がっていた。
まるで緑のじゅうたんに沿って走っているような感覚。
青空と緑のコントラスト。
そこに続く道路と、標識。
雲はでているが、それもまた夏らしい。少なくとも、曇り空にはほど遠い。
標高はおよそ1600~1800メートル。アップダウンはあるが、登りによる負荷よりも、景色に対する興奮が勝る。
「リアルWindowsXPか……」などという身も蓋もない感想を抱きながら、大いに景色を堪能する。
……
あれ、どうした? 珍しく泣いたりなんかして。
良かった……
確かに。行く前はどうなることかと思ったが、こんな景色が見られるとは。意を決して飛び出して良かったよなあ
KeiOSが正気に戻って良かった……もしかして5時間かけて清滝峠に連れて行かれたらどうしようかと
ねえ信用なさすぎじゃね? あと俺以外に清滝峠を登る人までさりげなくdisってるのやめて?
まだ序盤も序盤だが、確かな手応えを感じていた。今回の遠征は当たりだ。
ところで「ビーナスライン」の名前は、沿道にそびえる標高約2500mの火山、蓼科山に由来を持つ。
蓼科山の形が女神のようだということで、この地を走る蓼科有料道路と霧ヶ峰有料道路の両方を指して「ビーナスライン」と呼ぶこととなったらしい(2002年に全線無料開放)。
ビーナスに見えるというその蓼科山は、こんな形をしている。
tamachi1011, CC 表示-継承 3.0, リンクによる
ふーん、なかなかビーナスという感じがするわ。まあ、私のほうが綺麗だけど
え、これビーナスって呼べる形なの?
何よ、ビーナスに見えるじゃない。人間の感性はよく分からないわね
感性が違いすぎて自分の中でビーナスという単語がゲシュタルト崩壊を起こしかけている。
ビーナスとは一体。
実際にビーナスラインと称される道路は全長約76キロメートル。白樺湖や茅野市市街地、霧ヶ峰の北側に広がる美ヶ原高原などを結ぶ道路である。
今回走っているのはr40。霧ヶ峰高原を出発し、白樺湖へ至る途中にある車山高原までの区間であり、写真の通り視界が開けているのが特徴だ。
美ヶ原高原までの区間もなかなか景色が良さそうだが……天候があまり持ちそうにないため、今回は予定から外すことにした。こちらもまた訪れたいものだ。
車山高原に到着し、サイクルラックに自転車を停める。
何を隠そう、ここからはリフトで景色を堪能する。
別に、無理して自転車だけで全ての景色を楽しむ必要はないのである。
料金を支払い、おもち氏と仲良くリフトに搭乗。ここからさらに200メートル程度上昇する。
リフトを乗り換えて、車山山頂に到着。標高は1925メートル。
せっかくなので頂上で記念写真を撮ることにした。
謎の感動でLOVEな1925メートルだ。
すぐに、妙な建物が見えた。
この建物は車山気象レーダ観測所。日本の気象レーダでは最も高い場所にあるらしい。それにしてもゲームなら終盤でイベントが起きそうな建物にしか見えない。
近くを散策していると……鳥居?
まるで恐山のようだ。危ない雰囲気を醸し出しているが、「車山神社」という立派な神社である。
この車山高原、「恋人の聖地プロジェクト」とかいうものに指定された場所でもあるらしく、近くにはこんなものもあった。
知ってるか、このハート型キー1000円もするんだぜ……。
そして崖っぷちにある鐘。とても恋人を祝福するものには見えない。
むしろ、外界と隔絶した村とかにありそうな、鳴らしてはいけない鐘に見えるのは私だけか。
ちなみにその後、おもち氏が意気揚々と鳴らしたのは言うまでもない。
車で駆け上がるのが夏ライドのトレンド(高ボッチ高原)
ビーナスラインの一番美味しい(と思われる)部分を堪能し、そそくさと車に戻る。
初日はこのビーナスライン以外、目的地を決めていなかった。
この天候なら行けると踏んで出てきたわけだが、相変わらず空模様が読みにくいことに変わりは無い。以降の行き先は、その時々で決めることにしていた。
しかしまあ、想定よりも晴れているのは確かだ。これならどこへ行ってもそう失敗することはあるまい。
各々行き先を考えていると。
「高ボッチ……」
誰だ、ぼっちのようなしゃべり方で希望を出した奴は。無論、私だ。
高ボッチ高原。長野県岡谷市と塩尻市の境界にそびえる高ボッチ山から南北に延びる高原地帯のことである。
標高は1665メートルで、頂上からは諏訪湖や諏訪市買いが一望できる。快晴なら富士山も見えるらしい。
そしてこの高ボッチ高原。みんな大好き『ゆるキャン△』でも印象的な使われ方をしたスポットである。その意味もあって、一度訪れたいと思っていたのだ。
ただし車でな!
その発言はサイクリストとしてどうかと思うわ
いや、登れるとは思うが道の悪さと交通量の多さと暑さから無理ゲーだと判断した(結果論ではあるけど)
頂上に着いたら自転車持って記念写真撮ればいいじゃないと周りから言われたが、それをしなかったのはサイクリストとしてのなけなしの矜持である。
昨今の『ゆるキャン△』効果のせいか、高ボッチ高原へと続く道にはとかく車が多い。道が狭く、路面状況もベストと言いがたい中、自転車で登るのは過酷極まりない。
そんなことを考えつつ、探検発見アトラクションも裸足で逃げ出すハイエースアドベンチャーを体感すること数十分。我々は高ボッチ高原に到着した。
あの無線中継所も『ゆるキャン△』に出ていたな。
天候は晴れ。しかし、景色を堪能するには雲がかかりすぎている。
曇っててなんも見えねー
…………
ちょっと、何か言いなさいよ
もしかしていまのリンちゃんのまね?
……違うわよ(プイッ)
(普通に可愛かったんだけどなあ)
頂上には日本一のシャッターポイントなる案内が。
というか、これも『ゆるキャン△』に出てくる標識だ。ということは、その奥にあるのは……。
絶景かな。諏訪湖とその街並みが一望できる。
ここが屈指の名シーンにつながるのか。確かに、景色の持つ魅力に引き寄せられる。
快晴なら富士山も見えるらしいが。
ところで、先ほど訪れた車山高原でも、この高ボッチ高原にも、このような積み石が見られた。
調べたところ、これはケルン(cairn)と呼ばれるものらしい。当然ながら天然によるものではない。人の手による積み石のことである。
一般的にはこのような高原、山頂、稜線などに作られることが多いようだ。
その目的は様々である。信仰や巡礼の証、慰霊の意味を込めたものも多い。あるいは芸術作品としてのケルンも存在するようだ。
あるいは山頂を示す印、ルートの道標など、登山者や旅人のために作られることもある。
単なる趣味の領域で積まれている可能性も捨てきれないが……。
過去には乱立されたケアンによる事故を懸念してか、不要と思われるケアンは撤去するよう環境省が通知を出したこともあるらしい。
なんとなく見ていて不思議な気分になるのは、高原の天辺という場によるものか。そっとしておこう。
次に来るときは自転車で。そう心の中で誓い、高ボッチ高原を後にした。
「飯事情がループものだと? ワクワクしてきたぜ!」
時刻は13時過ぎ。道中、コンビニ等で細々と食べ繋いではいたものの、そろそろお腹が空いてきた。
某番組でも「旅先の一食はギャンブル。メシ次第で旅は台無し……」だと言っている。ここで失敗するわけにはいかない。
しかし、悲しいかな諏訪付近ではこれといった食事処を決めかねていた。ただただ時間だけが過ぎてゆく。
だが、妙な感覚だ。
車窓から見えるこの店も、あの店も、なぜか入ったことがあるような気がする。しかし、その味はまったく思い出せない。
デジャヴにも程がある。
もう宿泊地付近で夕食を兼ねて食べれば良いのではという結論になり、我々は諏訪を離れることにした。
※昼食をとった店の記録はこちらで参照されたい。しかし、こんな店行ったかな……?
可能性の果てにあったのは最高のとんかつだった(とん香)
諏訪を離れて、群馬県にある草津へと向かう。
道中、嬬恋村を抜ける。
嬬恋村といえばキャベツだよなあと思っていたら、いつの間にか辺り一面がキャベツ畑だった。なにこれキャベツのバーゲンセールなの……。
嬬恋村は全域1000メートル以上の高原であり、夏は涼しく、冬は北海道並みの厳しい寒さとなる。その気候を活かした高原野菜の栽培が盛んであり、なかでもキャベツは村にとって欠かせない農産物となっている。
そのキャベツ、ひと玉500円はするらしい。普段スーパーで売っているキャベツの倍近い価格だ。
嬬恋村を抜けてしばらく。本日の宿泊地となる草津町に着いた。
草津温泉で有名なだけあって、町のそこかしこから硫黄の香りが漂う。
駐車場から徒歩1~2分のところに、その宿はあった。
草津温泉 菊水荘
草津温泉の中心にある湯畑まで徒歩4分、メインストリートからは少し離れた閑静な住宅街の一画に建っている。
入口では菊水荘のマスコット湯るキャラ「きくちゃん」がお出迎え。
館内ではきくちゃんのグッズもいくつか販売していた。
後から思ったけど、下駄を買っても良かったかな……。
チェックインを済ませてお部屋へ。古い旅館だが、掃除が行き届いている。スタッフも一定の距離感で、かつ丁寧な対応である。
今すぐにでも風呂に入りたかったが、ぐずぐずしていると食事処が閉まってしまうというので、先に夕食へ。
コロナ禍の影響も少し落ち着いているのか、温泉街には人が多い。
しかしひとつ道を入ると、廃業したらしい旅館がいくつか見える。少し、いたたまれない気持ちになった。
旅館で入手した温泉街のパンフレットを片手に食事処を探すものの、どこも行列ですんなりとは入れない。
賑わっているのは結構だが、このままでは夕食難民となってしまう。何せ昼飯を食べていないからなあ……。あれ、昼食食べたんだっけ?
ふと、kabo氏が口を開く。
そういえば前に草津へ来たときに食べたとんかつ屋が美味しかったんですけど、あれどこだったかなあ
湯畑付近にはそれらしきとんかつ屋はない。スマホで検索すると少し離れた場所にあるようだ。
大阪市内のあらゆるカレーを食し、カレーに関して一家言を持つkabo氏の感想だ。間違いは無いだろう。
しかし、少なくともkabo氏がカツカレーを食べる姿は見たことがない(彼が好きなのは欧風カレーではなく、ルーを使用しないスパイスカレーの類いである)。
湯畑を離れて数分、着いたのはこちら。
とん香
のれんを見て、kabo氏が「ここだ」と思い出したようだ。
店の前の列は2~3組程度。これなら待てる。
入口にある名簿に名前を書き、しばし待機。すると、あとからどんどん人がやってきた。あぶない……。
店内に通され、着席。メニューを見る。どれも美味そうだ。
ここは定番をということで、ロースかつ定食を注文。もちろん、Shin氏と私はビールが欠かせない。風呂に入る前だがまあ良かろう。
懸念していた天候には恵まれた。まずは1日目の勝利を祝して、乾杯!
ビールが美味い……風呂上がりなら2杯目を頼んでいたところである。がらにもなくペースを守ってちびちびと飲む。
明日の天候などを話しながら待っていると、注文の品が運ばれてきた。
見た感じは普通のとんかつにキャベツのようだが……まずはソースをかけていただく。
さっそく一口。
……これは美味い!
さくさくの分厚いカツを噛む度に、脂身と肉の柔らかい食感がはねる。
しかもこの脂身、甘くてとてもジューシーだ。揚げたてのとんかつはこれまで何度も食してきたが、脂身がこんなにも美味しいものはあまり記憶にない。
なんかソースにつけて食べるのがもったいない感じすらある。ためしに塩を少しかけて食べてみると、とんかつそのものの旨味がさらに爆発した。
つけあわせのキャベツも、これ単品で箸が進む。
店員曰く、使用しているのは嬬恋村産のキャベツ「419」とのこと。幻のキャベツと言われており、市場に出回ることも少ないらしい。
図らずも地元の特産品を食べることができた(実際には隣の村だが)。
美味しい……ここまでがんばった甲斐があったわ
本当になあ。天候は好転し、景色もごはんも最高。これ1日目にして完全勝利じゃないか
そうね。明日登る気力も沸いてきた
それにしても今日、お昼食べなかったのに全然怒らなかったな。何かあったのか?
そういえば何も食べなかったわね。自分でも意外ではあるけど、普段見ない景色におなかが一杯だっただけよ
…………
何よ、何か言いなさいよ
……昼ご飯を抜きにしたことで、実はめちゃくちゃ怒っているんだよな? 俺、後でひどい目に遭わされるんだよな? 飯の恨みは恐ろしい……
ふーん、私のことを普段どう思っているのかよく分かったわ
食べながらBlackincを向けないでくださいしんでしまいます。
とん香、たしかなまんぞくであった。「草津に来たらとんかつ」と言いたくなるほどに。
旅館に戻り、風呂に入ってさっぱり。コンビニで買ったビールを開けながら、1日目の夜は更けていった。
To be continued.