芥見下々『呪術廻戦』1巻

漫画・コミック

はじめに――感想にかえて

人から勧められた作品を手に取ることは、あまりない。

理由は簡単で、「誰かにとって面白いものが、自分にとっても面白いとは限らない」からである。もちろん、世間的な評価や帯のキャッチコピーを参考にすることはあるが、あくまで自分が作品を手に取る時は、フィーリングに依るところが大きい。

『呪術廻戦』もまた、友人に勧められたものである。当初その話を聞いて、あまり食指が動かなかったのは事実だ。ただ、あるひとつの設定に自分のアンテナが反応した。

「呪い」である。珍しいものを持ってきたな、と思った。

呪いを扱った作品といえば、『リング』における呪いのビデオが真っ先に思い浮かぶ。1998年公開なのでもうずいぶん前だ。『リング』の前年となる1997年には『もののけ姫』がある。主人公のアシタカは右腕に死の呪いを受けている。

私が知らないだけかもしれないが、その後、呪いが全面に押し出されたような作品は無かったように思う。最近だと『双星の陰陽師』なんかはわりと近い気がするが、穢れと呪いはちょっと違う。

異世界転生ものが爆発的に流行して廃れた頃にはニッチなテーマとなるように(多分)、往々にしてテーマは流行と衰退を繰り返すものではないだろうか。

そこに、呪いをテーマにした『呪術廻戦』の登場である。

本作は、敵味方ともに呪いや呪術を駆使して戦う、異能(呪術)バトル漫画である。ワクワクさせる能力の設定が異能バトルの華であるように、本作でも呪いに関する設定が事細かく練られている。

例を少し挙げてみる。

・呪いは呪いでしか祓えない(呪術を身に宿して肉弾戦でダメージを与えることは可能)。

・日本国内での怪死者・行方不明者の発生原因はその殆どが人間から流れ出た負の感情である「呪い」によるものである。

・学校や病院のように大勢の人間が集まりやすい場所は呪いの吹きだまりとなりやすい。そうした場所には呪いを退けるために、より大きな呪いである「特級呪物」を設置している。

・特級呪物のなかでも最悪のもののひとつである「両面空儺(りょうめんすくな)」はかつて実在した「呪いの王」であり、20本の指のひとつずつが特級呪物となっている。

・主人公の虎杖悠二はあろうことか自分の学校に封印されていた両面宿儺の指を食べてしまい、生きた状態で宿儺を自身の体に顕現させてしまう。

という具合である。

虎杖の身に顕現した宿儺は人間にとって忌むべき存在として描かれるだけあって、虎杖に協力的なわけではない。虎杖はいつでも自在に宿儺を出したり押さえつけたりできるが、出した瞬間に宿儺は周りの人間へ危害を加えようとするので、おいそれとその力を頼るわけにもいかない。この辺のバランスの悪さが、「最強の呪いを持っているのにチート無双させ辛い」という異能バトルでの面白さを生み出している。

一方、特級呪術を管理しているのは学校である。表向きは私立の宗教系学校だが、その実態は呪術師の養成学校であり、さらには呪いによって引き起こされた事件を任務として請け負う機関となっている。もちろん、学校の関係者は宿儺を取り込んだまま生きている虎杖を危険なものとして排除しようとする。しかし、特級呪術を喰らって生きている人間は非常に珍しいので、学校の教師である五条は虎杖に生きたまま残りの宿儺の指を喰わせてから殺せばいいと主張する。こうして、虎杖は学校の生徒として、呪いが引き起こす事件に取り組むことになる。

突然に強力な異能を手にした主人公と、それを身内に引き入れて敵に立ち向かう機関。よくある構図だ。しかしその構図に陳腐さを感じさせないのは、行動に裏付けられる虎杖の動機だろう。

虎杖が誰かを助けようとするのは、ひどくまっすぐな救済思考である。彼は病床にあった祖父の死をきっかけに、人はだれでも死ぬという当然のことを理解する。そして、呪いで誰かが死ぬことは正しくないものであり、そんな人たちが「正しく死ねる」ようにしたいという。さらには、宿儺を喰らうことができるのは自分だけであり、宿儺のせいで死ぬかもしれない人間がいるのは嫌だという理由を見つけたことで、虎杖の救済思考はさらに加速していく。

けれどもそんな彼は、7話で死の恐怖に直面する。特級の呪霊相手に宿儺も出せないまま一人で立ち向かうことになった虎杖は、死を身近に感じながら自分の弱さを嘆き、宿儺を喰らったことを呪い、いま直面している自身の死は決して正しくないと泣きむせぶ。そして、泣きながらも仲間を助けようとする彼は、自分の死が正しかったといえるようにするために、ひとりでその恐怖を引き受けて呪霊と対峙することになる。

「生き様で後悔したくない」という彼の想いはあまりに硬直している一方で、有無を言わせぬ力を持っている。虎杖の行動理由は全てこの点に収斂しており、それだけに説得力がある。

ただ、少し気になるのは虎杖の自分自身に対する欲求がよく見えてこない点である。後悔しない生き方というのは、行動を裏付ける動機ではあるが、動機を裏付ける欲求ではない。いや、それすらも欲求として見ることはできるかもしれない。しかし、後悔しない生き方をしたいというのは、ごく普通の感情である。これを全面に出すのであれば、その理由が必要だろう。動機を裏付ける理由が描かれていないので、何か薄っぺらく感じるのである。もちろん、他人が死ぬのを見過ごすのは気持ちが悪いというのも自己防衛としての欲求であるかもしれない。けれども、およそ主人公の欲求としてはあまり面白くない。

後悔しない生き方という点が強調されすぎているせいで、なぜ後悔しない生き方をしたいのか、その点がまだ希薄であるように感じる。今後、虎杖はどのようにして自分の欲求を昇華していくのか。その点を本作のテーマのひとつに置いてほしいと思う。

各話所見

第1話 両面宿儺

・特級呪物の設定が面白い。呪いには大きな呪いでもって対抗する。

・伏黒がダメージを受けると、呪術で作った犬がどろっと溶けそうになる。どうやらダメージを負うと呪術に影響が生じるらしい。あと、犬のほかに鵺を呼びだそうとするあたり、こいつは動物使いなのだろうなと。

・呪いのグロテスクな造形が上手い。支離滅裂な台詞も相まって不気味さが凄い。それなのにホラーやグロが苦手な私でも読めてしまうあたり、ジャンプは偉い。

・数少ない爺さんの台詞から、虎杖の両親もそのうち絡んでくるのかなと。

・虎杖の他人救済の思考はあのキャラを思い出す。

第2話 秘匿死刑

・五条先生の造形が好み。目隠しキャラは基本最強になりきれないイメージがあるが、本作ではめちゃくちゃ強い。

・菓子の類いはあまり興味を惹かれないものの、喜久福はおいしそう(実在する)。

・「私情です、なんとかしてください」っていうのが、伏黒の性格を表している。良い台詞だと思う。

・さっそく指の2本目を食す。まあ不味そうではある。

・虎杖を生かしておくロジックは上手い。呪いを取り込んでも自我を保てる逸材をどう利用しようとするのか少し気になる。

第3話 自分のために

・さあお約束の学園ものがきたぜ。

・表向きは私立の宗教系学校なのに、実態は東京都立呪術高等専門学校。公立なのかよ。

・学長の問答に、自分が動く本当の動機に気がつく虎杖。その動機を裏付ける「理由」がいつか形作られる日が来て欲しい。

・学校が虎杖を引き込むもう一つの理由。虎杖は特級呪術を探すためのレーダーでもあった。本来、生かす理由としてはこちらの方が主である気もする。

第4話 鉄骨娘

・学園ものが始まったと思ったのに、学園ものっぽくないという。

・紅一点、釘崎野薔薇が登場。しかし可愛くない。呪いと言えば釘。

・虎杖の身体能力が向上した(ように見える)のは、宿儺を取り込んだ影響も加味されている?

・有能な呪術師にも怖がりはいる、という現実。

・人が集まれば集まるほど、呪いは強くなる。あくまで呪いとは人に根ざしたものである。

第5話 始まり

・野薔薇が東京へやってきた動機がとても現実的。沙織ちゃんの正体もそのうち明かされるのだろう。

・理由が重ければ偉いわけではない、というのはある意味でその通り。

第6話 呪胎戴天

・呪霊のランク付けが紹介。しかし出てくるのは最上級である特級ばかりという。

・事件に絡んだ任務。警察の案件でもあると思われる事件なので、学校との連携が気になる。少なくとも公的機関からは認知された存在らしい(公立かどうかは関係なく)。

・遺体のデザインが印象深い。猟奇的であり、それを模したアートのようでもあり。

・虎杖と伏黒の思想の違いが鮮明に。助ける相手の選別。現実的なのは伏黒だろうし、多くの人が伏黒を支持するのだろうけれども、個人的には全てを救おうとする虎杖の思想の方が尊い。

・特級呪物の絶望感がなかなか上手い。1年生が相手で本当に大丈夫か?

第7話 呪胎戴天―弐―

・鵺に蛙と、やはり伏黒は動物使いだった。

・この絶望的な状況において宿儺を出すことができないという展開が面白い。使い方の難しい能力。

・特級呪霊の動きがMARVELっぽい。呪いらしくないけどこれはこれで好き。

・7話にして自分の弱さを自覚する虎杖。「正しい死」なんていうのは強者だけに許された理論であることを知る。

登場人物

虎杖悠二

本作の主人公。怖いもの知らずな性格は天性のものか。祖父の死をきっかけに目覚めた救済思考と、宿儺を取り込むという自分にしかできない事が、彼の行動原理となる。今はそれで良いと思う。

伏黒恵

彼は正義の味方などではない。正義の味方は現実的ではないからだ。私情で人を助けるのは、現実的であるからこそできる所業である。虎杖と相容れない性格をしているのに、彼のことを嫌っているわけでもない、その微妙な距離感が面白い。

五条悟

最初から出てくる「最強キャラ」。たぶん五条先生がいなかったら最初から絶望感だらけになっている。そのくらい、出ているときの安心感が凄い。生徒思いの様子を見る限り、虎杖の執行猶予を進言したのは本音半分、嘘半分のような感じ。

釘崎野薔薇

しかし、どう見ても釘崎はヒロインらしくない(褒めてる)。男性っぽい、女性っぽいということを言うわけではないが、虎杖と並ぶと男友達のように見えてくる不思議。相手の部位を用いて釘で遠隔攻撃をするこいつの能力が一番呪いっぽい感じがする。

 

 

 

 

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