中谷鳰『やがて君になる』1巻

漫画・コミック

高校に入ったばかりの小糸侑は、中学卒業の時に仲の良い男子に告白された返事をできずにいた。そんな折に出会った生徒会役員の七海燈子は、誰に告白されても相手のことを好きになれないという。燈子に共感を覚えた侑は自分の悩みを打ち明けるが……。電撃コミック大賞金賞作家が描く、ガールズラブストーリー。

(引用:月刊コミック電撃大王|やがて君になる

はじめに――感想にかえて

百合作品。

そんなに数多く読んでないせいか、なんかこうビビッと来るものに巡り会えたことがない。

いや、アニメなら少しはある。

『少女革命ウテナ』は最終的に己自身の内面を救う狭義のセカイ系として最高の一作。もちろんウテナとアンシーの関係も好きだが、思慕の情を諦めきれず、絶対に起こらない奇跡にすがる樹璃さんとか何十年経っても堪らないものがある。

『ストロベリーパニック』はよるよると玉青ちゃんの存在だけでご飯10杯は軽い。

ただ、百合にしてもBLにしても、いやジャンルに関係なくあらゆる作品において、物語の核はやはり人間であると私は信じて疑わないわけで。人間の感情の機微がきちんと描かれた作品はもうそれだけで面白い。

あとはその感情を、面白いと思えるような展開に載せるだけでベストセラーは間違いなし。もちろん、言うは易く行うは難し。

普段から腐ったように百合作品を買い漁っているわけでもないので、感情の細かな機微を描いた百合作品の傑作に出会ったことがない、というのが正直なところ。ちなみに『マリア様がみてる』は読んでないですスミマセン。

そんな時、ふと話題になっているのをみて手に取ったのが、この『やがて君になる』だった。

人を好きになることができない小糸侑が、誰に告白されてもどきどきしたことがないという先輩・七海橙子から好かれることになる話。

その設定だけを聞くとよくある恋愛モノのような印象を受けたので、当初はどうなんだろうと思っていた。しかし、とりあえず1巻を読んでみて、そんな不安は消し飛ぶことに。

侑は誰も好きになることができない。相手を特別に想うという感情がわからないから。そんな侑は、橙子が自分と同じ側の人間のようだと思って親近感を抱く。しかし、なぜか橙子が自分を好きになり、しかもその感情はどうやら本物らしいと知ると、侑は橙子に対して羨望のような、妬みのような感情を抱く。

自分もそちら側へ行きたいのに、先輩だけずるい……。

けれども橙子は侑に、自分のことを好きにならなくてもいいと言う。また、自分が侑に惹かれたのは、侑が決して誰も特別に思うことがないので、常に特別であることを求められた自分を普通に見てくれるからだ、と告げる。

それは侑にとっては、ある意味で橙子が自分だけに素の状態という「特別」を見せてくれるという意味である。それで侑は、少しだけ橙子に惹かれることになる。友人ではない、恋人でもない、けれども少し気になる先輩として。もちろん侑の場合、それが恋愛感情にはまだ結びついていないのだが。

ここまで両者の感情やら理由やらの裏付けを見て、ああ、非常に練り込んで作っているなと感じた。

そしてこの作品、こうした登場人物の心の機微を「漫画として」印象深く描くのがものすごく上手い。

漫画はネーム、コマ割り、作画、その他諸々で構成されている。本作においては、その計算されたかのごとく配置されたコマ割りに圧倒されることになる。

とにかく極限まで無駄をそぎ落としたかのような構成。過剰でもなく、かといって不足しているわけでもない。けれども重要なシーンでの使い分けでは、たたみかけるようなコマの配置が登場人物の心情を直接的にかつ間接的に伝えてくる。

1巻で特に印象的だったのは3話。わざと手を握って橙子の反応を確かめた侑の心情は、その表情から微かに不穏な空気を漂わせますが、しかし次のページが開かれるまで判然としない。

そして次の瞬間、彼女のたった一言の台詞とその表情が、これまで積み上げてきた彼女の明るさに対する強烈なギャップを生み出す。漫画を読んでいて久しぶりに背筋がぞくっときた瞬間だった。漫画の特性を最大限に生かした表現だと感じた。そのコマ割りの上手さは、決して多くはない台詞の効果的な使用とともに、気味が悪いくらいに近視眼的でくっきりとした心情描写を生み出す。

「人を好きになることができない」と聞くと、「ほーん、それで?」というくらいの思春期特有の中二病悩みもしくは草食系絶食系のソレだとしか思わなかったが、この場面で侑の悩みは相当に深く彼女のアイデンティティに食い込んでおり、かつ脅かすものなのだということを強く感じた。その悩みは、彼女を好きという橙子の存在でどのように転んでいくのか。

橙子に対して安易になびかない侑は、いつしか誰かを好きになることがあるのか。そして、『やがて君になる』というタイトルは誰が誰になることを指すのか。表面上はありふれた明るい女子高生の物語のように見えるのに、本作からはどうにも不穏な感情の塊があちこちで滲み出ているように思えてならない。

物語はテーマの掘り下げと、それを浮かび上がらせるための設定で、千差万別に化けるもの。よく見るようなテーマであっても、描き方ひとつで如何様にも面白くなるのだということを改めて実感した次第である。

侑と橙子がこの先どう変わっていくのか。百合というジャンルを抜きにしても、続きが待ち遠しい。

『やがて君になる』の主な登場人物の紹介(と私見)(※1巻時点)

小糸 侑(こいと ゆう)

本編の主人公。遠見東高校の1年生。可愛らしい容姿。明るい性格でちょっといたずら好き。頼まれごとをされると拒否できない性格のようで、先生に頼まれて生徒会の手伝いをすることに。一方で相手のことをよく観察しており、その反応に対して時に内面でドライな心情を吐露することも。「人を好きになることができない」ことを悩み、仲の良い友人に相談できずにいる。橙子の中に自分と同じような部分があるように感じ、彼女だけに悩みを打ち明けるが……。

家族構成は父・母・姉・祖母。祖母が経営する本屋を手伝うことがある。

容姿としては中学生と高校生の狭間のような印象。ドライな心情は彼女の悩みとも表裏一体。今後、侑がどのように悩みを解消? していくのかが本作の焦点となるのだろう。

普段は明るいのに、わりと素で怖い顔するのが好き。その顔で羨望や嫉妬を吐露するものだから、彼女の悩みが本物であることを否が応でも理解することになる。3話の手を握る場面のコマはめちゃくちゃお気に入り。

七海 橙子(ななみ とうこ)

遠見東高校の2年生。1年の時から生徒会役員を務める。黒髪ロング。容姿端麗、学業優秀、運動万能だが、実は子供っぽい一面も持っている。入学以来、告白された件数は10件を超えており、なかには女性からの告白も。誰に告白されても付き合うつもりはないと言っていたが、侑のことを好きになる。

表面的には完璧超人に見えるのに、わりと脆そうな部分があるのがポイント。その仮面はたゆまぬ努力の上に成り立っており、内面の脆い部分は侑に惹かれた理由とも直結している。でもまあ、脆いというか、侑に対してはチョロい部分も多い。考え無しに侑の家に行ってしまう場面とか、間接キスでの何とも言えぬ無表情とか。侑がいなかったらその諸さが露呈するのもずいぶん先になるので、彼女にとって自分を揺り動かした侑の存在はやはり大きいのだろう。

黒髪ロングの子は基本好きだが、なぜかまだ惹かれない。侑を特別に想う理由はそれとなく明かされたが、それ故に疑問が残る。例えば、自分が周りから特別であることを強いられていた理由が解消されてしまったら、それでも彼女は侑を好きでいるのだろうか。侑に対するアプローチが積極的なだけに、或る意味で侑以上に何を考えているのか掴みにくい人物のように感じる。あと、意識的か無意識的か、ちょっと計算高い部分も。特に、侑の心情を先読みするかのように「好きでいさせてほしい」と言う部分とかね。

佐伯 沙弥香(さえき さやか)

遠見東高校の2年生。橙子と同じく、1年の時から生徒会役員を務める。橙子と同じく美人で成績優秀かつ運動万能。けれども本人としては橙子を立てて、自分はサポートとして橙子を支えたい、という印象。

橙子が生徒会長の推薦責任者に自分ではなく1年生の侑に任せると聞いたとき、その理由を訝しむ場面は、彼女が橙子のことを良くわかっていることを表しており、また微かな嫉妬のようなものが垣間見える。その辺の心情が今後どんな風に影響してくるのか。

叶 こよみ(かのう こよみ)

遠見東高校の1年生。侑の友人。おとなしそうな印象。年上が好み。かわいいモノは好きではなく、かわいくないモノが好き。

確かにウミウシってかわいくないのにかわいいよね。

日向 朱里(ひゅうが あかり)

遠見東高校の1年生。こよみと同じく侑の友人。憧れの先輩を追ってバスケットボールに入部。さばさばした性格。

実は早々に失恋してしまったことを打ち明けるのですが、どうにも傷心の女の子が明るく振る舞うシーンに弱い(好きなキャラであるとは限らない)。侑の言うとおり、その台詞はきっと自分のなかで何度も反芻して飲み込んだのだろうなと思うと、余計に。

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