中谷鳰『やがて君になる』3巻

漫画・コミック

はじめに――感想に代えて

橙子と沙弥香、侑と槙、侑と沙弥香、そして侑と橙子。

彼女ら彼らの関係性が動き始めたことで、話に深みが生まれる。そんな印象の第3巻。

12話では、沙弥香の橙子に対する想いがが明らかに。侑に対する嫉妬は、その感情に裏付けられたものだったのだろう。沙弥香の場合、橙子が薄氷の上に今の完璧さを気づいており、そこに誰かの好意を注ぐとたちまち溺れてしまうことに気がついているから、気持ちを伝えられずにいる。

橙子は、沙弥香の好意には気がついていない様子。しかし、自分が完璧であることを沙弥香が求めており、また自分がそう演じる限り、沙弥香が自分の懐に踏み込んでこないことを理解している。

橙子も沙弥香もお互いのことをよく理解しているのに、橙子は沙弥香の好意に、沙弥香は橙子の完璧さの裏側に、それぞれ気がつかないでいる。このあたりは侑と橙子との関係性とはまた違うものがあって面白い。

そんな沙弥香に対して、侑が歩み寄る。橙子の姉について、そして彼女の完璧さが脆さと紙一重であることについて、情報を共有している数少ない二人。しかし、侑は橙子を好きなわけではない。ライバルというには少し複雑な関係のように思えるが、少なくともこの巻では、その複雑な関係の上に二人の信頼が少しだけ高まったような感じがする。

また、侑と槙の会話も印象的。誰かを好きになることはないという侑に、槙も自分は同じだという。そのことに侑は仲間をみつけたような親近感を抱くけれども、槙は侑が自分と同じではないように感じているらしい。

そして槙の想像通り、橙子に対して少しずつ感情の変化を見せ始める侑。きっかけは体育祭の後、橙子が侑にねだった、侑から橙子へキスをするという約束。しかし侑はそれをためらうことに。その一線を踏み外してしまうと、ダメになってしまうと恐れる。何がダメになるのか。自分が誰かを特別に思うのを自覚すること? もしくは橙子が離れていってしまうこと?

どちらとも取れるように思う。けれども後者に関して、侑は橙子の本音に気づき始めているのがわかる。

侑は13話の冒頭で、2巻の最後に橙子が暗にこう言っていたのだと理解する。

「私のこと好きにならないで」

それを侑があらためて実感したのは、やはり雨やどりのシーンだろう。自分を探してくれて嬉しかったという侑に対して、橙子の疑問系な返事と、感情の見えない目。橙子のその様子は、侑が自分を好きになってしまったのではないかという恐れ、もしくは諦めのようにも感じられる。

こうしてみると、橙子の感情はひどく一方通行で、行き着く先のないものであるように見える。彼女が侑を好きだというのは本物だけれども、侑が橙子を好きになった途端、その好意はきっと崩れ去ってしまうのではないかと。

一方、侑は誰のことも好きにならないと槙に言いながらも、槙には侑すら気がつかないでいる本音を見透かしているようにも見える。つまりは侑も誰かを好きになりたいと思っているのであり、その根底には寂しさがあるのだと。

結局、最後の心音は侑と橙子、どちらのものにも取れるなあと。

『やがて君になる』の主な登場人物の紹介(と私見)(※3巻時点)

小糸 侑(こいと ゆう)

なんだかんだ言って、橙子といるのは楽しいのだというのがよくわかる。けれども、橙子の拒絶にも似た一瞬の表情に、何か踏み越えてはいけない一線を感じ取った様子。橙子が好きな侑は、橙子の完璧さとその脆さの両方を知った上で好きにならないという侑。橙子にとって完璧さを演じる必要がなくなったとき、侑は橙子にとってどんな存在になるのか。侑自身もそのことを朧気に感じながら、やがて訪れるであろう自身の変化をどう認識していくのか。

あと、16話サブタイトルの「号砲は聞こえない」というのは、体育祭の号砲ではないのだろう。侑が耳を塞いでいる1枚絵とともに、その号砲は彼女にとっての、彼女だけの号砲なのだろうなという気がする。聞いてしまったら自分が、そして橙子との関係が崩れてしまう、そんな号砲。

七海 橙子(ななみ とうこ)

表面的には侑のこと好き好きオーラ全開なのに、何とも面倒な感情を持っているなあと思う。侑も橙子の感情にある種の居心地の良さを感じているから始末に負えない。もしかすると、侑と同じ性質を持った人であれば、それが男子であっても彼女は引き寄せられてしまっていたのではないかとすら思えます。橙子の歪な感情が垣間見えた巻。

佐伯 沙弥香(さえき さやか)

ある意味で一番百合作品の登場人物らしい立ち位置に。理子先生と都の関係にいち早く気がつくあたり、同性愛に対する彼女の皮膚感覚がよくわかるというか。沙弥香にとっては侑は橙子を奪いに来たライバルなのかもしれないが、しかし侑は特別という感情が理解できず、橙子は侑が自分を好きにならないでいてほしい。こういうの、三角関係ではないね。三角のようにみえて各辺が途中で途切れており、図形になっていない。そんな感じ。

叶 こよみ(かのう こよみ)

生徒会劇の脚本を担当することに。まだ話の中核には絡んでいないが、やがて生徒会劇がひとつのターニングポイントになるであろうことを想像すると、それを作るこよみの脚本は大変に重要な位置を占めているのがよくわかるというか。常にキャラクターの裏側を把握して物語を作り上げる姿勢が好き。

日向 朱里(ひゅうが あかり)

先輩への想いはどうなっちゃうんだろう……。今のところ、ふられた後もそのまま好きでいるという状態。侑はそれを見てどこか微笑ましい様子ではあるけれども。

槙 聖司(まき せいじ)

うん、君がいて本当に良かった(真顔)。

君、完全に侑の理解者のポジションだな。なんだろう、美少女ゲームで言うところの主人公の友人ポジションだ。恋愛関係には興味ないけど、他人の恋愛には興味があって、さりげなくめちゃくちゃ重要なアドバイスで背中を押してくれる、そんなポジション。まあ、ゲーム上のそうしたキャラはもはやテンプレではあるが、この作品、理解者ポジ全然いないからね。そのうち侑を支えてくれると信じている。

児玉 都(こだま みやこ)

遠見東高校の近くにある喫茶店「Echo」の店長。1巻の第3話で、侑が橙子のことを好きにならないと宣言しようとした喫茶店で、既に登場しています。彼女は侑の学校の教師である箱崎理子と付き合っていることが判明する。

彼女と都の存在は、百合作品における年長者からの目線になるのか。沙弥香にとっては、彼女と話をすることで自分の気持ちを少し整理できたようだが。

箱崎 理子(はこざき りこ)

遠見東高校の国語教師。侑のクラスの現代文担当、かつ生徒会の副顧問。

演劇部の顧問だったということもあり、生徒会劇にも絡んでくれることを期待。どういう経緯で都と付き合うことになったのか少し気になるところ。その設定が本編に絡むことはあるのだろうか。

タイトルとURLをコピーしました